2137.満月理論107

 

写真はジャーマンポテトです。じゃがいもと玉ねぎが新鮮で美味かったです。

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佐藤康行(YS)メソッドをお伝えします。

本当の自分を見つけて、自らの目的地に向かって行く人は一切の迷いから脱却できる

 

 

「あるがままに」という言葉がある。

 

その言葉通りに解釈して、何もしないでただ環境に流されて生きてしまう人がいる。

 

そういう人は、結局は周りの人の言葉に振り回されてしまう。

 

「あるがまま」とはそういう意味ではない。

 

「仏に目覚めた上で湧き上がる心のまま」でなければならないのである。

 

仏に目覚めないのは、本当の「あるがまま」とはいえない。

 

それは単なる無秩序である。

 

本当の「あるがまま」とは、神の秩序に沿うということである。

 

「これからどこに行こうか?」と考えるのではなく、どこに行くべきなのかを発見するのである。

 

川の流れる先は、上空から見たら一瞬にしてわかる。

 

川の目的地は最初から決まっている。

 

私たちの人生も、川の流れと同じように最初から行きつく先は決まっている。

 

ただ、川と違うところは、私たち人間には無限に選択の余地が与えられていて、どこに行くこともできるということである。

 

しかし、神に目覚めたら、その人の向かう道は一つになる。

 

人間は道が無限にあると迷うが、一つしかないと迷うこともない。

 

私たちの心がいつも迷っているのは神に目覚めていないからである。

 

自分の行くべき道が見つかることを悟りという。

 

本当の自分を見つけて、自らの目的地に向かって行く人は一切の迷いから脱却できるのである。

 

本当に真我を開いている人は、疲れることがなく、病気にも縁がなくいつも健康でいられる。

 

その上、トラブルなどに巻き込まれることも滅多にないから、安全で平穏な毎日を過ごすことができる。

 

真我は調和そのものであるから、調和の世界に生きることができるのである。

 

調和とは、人との関係だけを指しているのではなく、自分の心との関係も指しているのである。

 

自分の心が乱れないということも調和である。

 

心が乱れるというのは、現象面と自分の心の間にギャップを感じているということである。

 

(『たった2日であなたを神に目覚めさてみせる』ハギジン出版・一部再編集)