2106.満月理論76

 

写真は日高屋さんの餃子です。安くて美味かったです。

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佐藤康行(YS)メソッドをお伝えします。

事実とは関係なく、幸せと思える心があれば幸せ、不幸せと思えば不幸せ】===========

 

 

「幸せだ」「不幸せだ」と言いますが、その基準はあるのでしょうか。

 

あなたは基準があると思いますか、それともないと思いますか。

 

昇進できたら幸せ、左遷やリストラをされたら不幸と思いますか。

 

おそらく、ほぼ全員の方が「当たり前だ」と言うでしょうね。

 

しかし、こう考えたらどうでしょう。

 

出世したために会社に縛られてしまった。

 

責任も重くなり、精神的に耐えらないと思ったら?

 

不幸ですね。

 

逆に、リストラされても、心のスイッチを切り替えて「これでオレの人生、自由になる。新たな挑戦だ」と思ったら?

 

幸せですね。

 

ある日突然、ガンを告知されたとします。

 

余命数ヶ月と言われました。

 

奇跡的に助かったとしたらどうでしょう。

 

会社で嫌な仕事ばかりやらされ、上司にも恵まれず、自分は不幸だと思っていたとしても、そんなこと、もう、どうでもいいと思えるんじゃないですか?

 

それどころか、何て幸せなんだろうと感じるはずです。

 

今までは、「上司に怒られてばかりで自分はダメな人間だなあ、不幸だなあ」と思っていたとしても、「自分のために言ってくれている」と、ありがたいとさえ思うかもしれません。

 

余命数ヵ月でありながら心穏やかに過ごせる人もいれば、地位や名誉や財産の点で人がうらやむほど恵まれていても、苦しみもがいている人もたくさんいます。

 

事実とは関係なく、幸せと思える心があれば幸せ、不幸せと思えば不幸せなのです。

 

では、事態が悪化した場合の心の持ち方はどうしたらよいかというと、まず起こり得る最悪の場合を想定して、それをいったん受け入れてしまうことです。

 

要は、心の持ち方次第です。

 

幸・不幸は、外にあるのではなく、自分の内側にあるのです。

 

最悪が起こるケースは、滅多にありません。

 

だから、最悪を受け入れた後は、よい結果しか出てきません。

 

全部が幸せになってしまうのです。

(『人生の急所』ハギジン出版)