2069.満月理論39

 

写真はハンバーグステーキです。肉汁たっぷり美味くできました。

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佐藤康行(YS)メソッドをお伝えします。

【完璧だから、完璧を求めない】===================

素晴らしく変化するその「変化」とは、別な人間になるわけではありません。

 

もともと自分にあった本当の自分に気づいたということでの変化です。

 

気づけばいいので、時間もほとんどいりません。

 

わかりやすく言うなら、あなたはもともと人間ですから、それに気づけば人間になる努力や時間は必要ないということです。

 

1秒でもできますね。

 

私は男だった(女だった)と気づくのに時間はかかりませんね、もともとそうですから。

 

それと同じです。

 

あなたの真我、本当の自分に気づく。

 

ああ、これが本当の自分、素晴らしい自分だ、そして運命は変えることができるんだ、いくらでももっとも素晴らしい道を選ぶことができるのだと気づくことができればいいわけです。

 

その本来のあなた、真我の世界、実相に。

 

私は自分で自分に勝手に制限を決めていた、自分は欠けていると思っていた、でも本当は欠けてなかった、完璧だったと……。

 

「完璧」とは「完璧愛ポスト」のワークの「完璧」ですが、この「完璧」とは真我のことです。

 

ですから、何度も言っていますが、あなたはもともと真我であり「完璧」です。

 

そこに気づけばいいのです。

 

注意すべきことは完璧を求めてはいけないということです。

 

その完璧を絶対に相手に求めない、そして自分にもその完璧を求めないでください。

 

人に完璧を求めたらその瞬間から人間関係が崩れていきます。

 

自分にその完璧を求めたらどんどん落ち込みます。

 

なぜなら「もともと(すでに)完璧」だからです。

 

少しわかりづらいかもしれませんね。

 

「完璧」とは、例えば夜空に三日月が出ているとします。

 

三日月だから欠けています。

 

その欠けている三日月を見て「真んまる、まんまる、まんまる……」と唱えながらずーっと見ていたら、だんだん円く見えるようになっていきます。

 

─月はもともと真ん円ですから三日月が少しずつでも円く見えるようになっていきます─

 

さらにずーっと「まんまる、まんまる、まんまる……」と朝までやっていたら、夜が明けてきて三日月から白く真ん円く月が出てくるわけです。

 

本当の、もともとの月は真ん円ですからね。

 

このような感じのことなのです。

 

もし、あなたが三日月の欠けている部分をなんとか足して真ん円にしようとするならば、月は真ん円ではなく欠けているものだと認めることになるわけです。

 

それを人にたとえるなら、あの人は欠けている人間だから私が助けて欠けている部分に何か足そうと、

その瞬間から相手より自分が上の立場になって上から目線で(そう思ってなくても)なにかしてやろうとして、さらに足す物は本来のものではなく模造品になりますね。

 

足そうとしている部分は、その月そのものではないわけですから。

 

その円を求めるのではなくて、欠けている月をじーっと見ながら「まんまる、まんまる、

まんまる……」と、つまり「完璧、完璧、完璧……」とやるだけなのです。

 

たまたま(影で)隠れて見えないというか、欠けているように見える(認識できる)だけで、月(実相)は本当は円であり完璧なのです。

 

私たちは目で見た認識で欠けているように見えているだけです。

 

だから認識の世界ではなく、実相の世界、すなわち真眼(神眼)でみれば、肉眼で認識している三日月ではなく実相である円い月が見えてくるわけです。

 

認識で捉えていたのがだんだん実相を捉えられるようになるという、「完璧愛ポスト」のワークはまさにそれを誰でも簡単にできるようにした画期的なツールなのです。

 

「完璧愛ポスト」だけではありません。

 

真我開発や私が編み出した真我の技は基本的にすべてそういうものなのです。

 

三日月に円を求めない、なぜなら欠けて見えているだけで本来は円いからです。

 

人にいわゆる完璧を求めない、なぜなら完璧だからです。

 

自分にもです。

 

求める必要はありません。

 

求めてしまうとどつぼにはまります、苦しんでしまいます。

 

ひたすら真我を追究し、実相と認識が一致していくようにしていけば、あなたの世界は変わります。